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書誌詳細

南無阿弥陀仏のすくい
瓜生 崇著
A5 31頁 2018.08
響流書房
税込110円
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歎異抄四条は「慈悲に聖道・浄土のかわりめあり」という言葉からはじまります。

聖道の慈悲とは、ものを「あわれみ、かなしみ、はぐくむ」とあります。
人は人を救いたいと思い、お互いを思いやって通じ合わない心に苦しみます。
そして、誰とも通じ合えず、生まれた意味を知らず、ひとりで生まれ、ひとりで死にゆく、「無明の私」に出遇うのです。

阿弥陀如来がすくうと誓うのは、その「無明の私」に他なりません。
「南無阿弥陀仏」という声を聞くとき、最もすくわれなければならない「無明の私」が、呼ばれ続けていたことに目覚めるのです。

若手僧侶の法話を書き起こした、優しく明解な歎異抄の話。

※本書は電子書籍「無明の私に遇う:『歎異抄』第四条より」を、紙書籍の発売にあたり改題したものです。

目次:
人をすくいたい
お互いのことを思いやって苦しむ
聖道の慈悲
仏教の「愛」
浄土の慈悲
「かわりめ」を「三願転入」にたずねる
十九願・『観無量寿経』の意(こころ)
浄土を願う気持ちはなく、地獄は懐かしい
何も出来ない人
十九願では、私はすくわれない
二十願・『阿弥陀経』の意(こころ)
南無阿弥陀仏ではなく、念仏を称える私を頼りにする
十八願・ 南無阿弥陀仏を聞く
南無阿弥陀仏のすくい

著者紹介:
1974年、東京生まれ。電気通信大学中退。現在真宗大谷派玄照寺住職。著書『さよなら親鸞会』など。


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最終更新日:
2020/09/25